お医者さん
こんにちは、谷川岳のもつ煮、竹内です。
暑い日が続きます。もう夏も飽きたかな。あまり長居をすると嫌われますよ。
もう、何年も前の夏の事です。友人のお母さんが弊社へ買い物に来てくれました。その友人は医者をしてます。
彼は浪人時代の友人で医学部を目指していました。予備校の寮で一緒だったんです。彼は頭も良かったのですが、私の印象に
残っているのは、大人の雰囲気を持っていた事でした。私より1歳年上なのでMさんと呼びます。
Mさんの事でお母さんは心配顔をしていました。Mさんは念願の医者になって大学の付属病院に勤務しているのですが、
何しろ勤務がハードで休みがとれないのだそうです。あまりの激務にMさんの奥さんも心配になってお母さんへ
何度も相談の電話をかけてきているとの事でした。
そう言えば救急の医療現場をテレビでやっていたのを見た事がありますが、あらゆる事が同時に進行していて
煩雑と言うか騒々しいと言うか、物の例えは悪いのですが、織田裕二主演の踊る大捜査線の湾岸署のような
慌ただしく落ち着きのない現場でした。良くもまあこんな状況の中で人の命が救われるものだと感心しながら見ていました。
しかし、肝心のMさんは現実にその渦中の人でした。
家に帰れずに病院のソファーで仮眠をとるなんていうのは日常茶飯事で、たとえ家に帰ってきても半日もしない内に
病院から電話がかかってくる日々のようです。Mさんの体が心配で奥さんが病院に手作りのお弁当を持っていく
のだそうです。
確かにここ数年、医療の現場が変貌しているとしきりにテレビでもやっています。評論家によっては、小泉改革が
その元凶だ、と言いますが詳しい事は私にはわかりません。ただ、小泉改革のスローガンであった 「聖域なき構造改革」、
「官から民へ」、「中央から地方へ」、というお題目はまんざら悪い話ではないと思っていました。少なくとも今の民主党の
ように ”だまされた” とは感じませんでした。
医療現場に戻ります。
お母さんと奥さんは、どうもMさんを辞めさせたい感じでした。元々Mさんは病弱とは言いませんが体は決して丈夫な方では
ありませんでした。予備校の寮で一緒に生活してましたからそれは知ってます。二日酔いだと言って授業を受けない日も
度々あったのを記憶してます。体の線も細かったです。ちょうどルパン三世みたいな体型でした。
そう言えば、大学病院で働きだして何年目かに家族を連れて遊びに来てくれた時もお母さんと奥さんが心配事を
漏らしていたかもしれません。今思い出しました。あのMさんが患者の為に体をなげうっているんだ、と感心したんです。
人は変われば変わるもんだ、と。
寮の仲間は楽しい連中でした。未だに付き合いがあります。寮の連中は言ってました。「病気になっても絶対にMさんの
病院には行かない」 と。Mさんも言ってました。「お前達なんか絶対に診てやらねーよ」 と。
幸か不幸か今のところ寮の仲間でMさんのお世話になった奴はいないようです。
もう、あれから30年が経ちます。人生は白駒の隙を過ぎるが如し、とは良く言ったものです。
Mさん元気かな。